歌謡亭日乗

或る音楽ライターの仕事と日常

日向敏文『東京ラブストーリー』

 たまたまテレビで『東京ラブストーリー』を観ました。
 やっぱり鈴木保奈美さん演じる赤名リカは変わり者だよなぁとか、初めて観る世代には、リカのキャラクター以外にも驚くようなアイテムがいろいろあるだろうななどと思い、同時にメイクやファッションだけでなく、映像の質感やドラマの中の空気感にも懐かしさのようなものと野暮ったさを覚えて、それが今よりももっと居心地のよいものに感じられたのでした。
 浮ついた時代だったけれど、世の中にはデジタルよりアナログの感覚が強く、もっとデコボコ、ザラザラして、いびつだった気がします。それはつまり、現代よりも人間らしかったということかも知れません。今ほどいろいろな場面に人工的な修正が入り込んでいなかったし。
 さて、ドラマを観ていて、物語以上に心に残ったのは、日向敏文さんによる音楽でした。クラシックっぽかったり、映画音楽のようであったりしながら、聴き手のイマジネーションを豊かに刺激する彼の作品ですが、ドラマのサウンド・トラックという性格のためでしょう、『東京ラブ・ストーリー』は彼のアルバムの中でも一番親しみやすい内容になっていると思います。センチメンタルを主としたいろいろな感情や、それらに彩られたシーンをそのまま音楽にしたような曲は、どれもが美しくて、ドラマが懐かしさを感じさせたのとは違って、いつ聴いても変わらない感動を運んでくれます。

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 ちなみに一番好きなアルバムは最初にリリースされた『サラの犯罪』。1曲目の「サラズ・クライム」を初めて聴いた時の衝撃は今も忘れませんし、この曲が様々な感動を与えてくれる、大切な作品であることはこれからも変わらないと思います。
 日向敏文という人が素晴らしい才能や感性の持ち主であることは間違いありませんが、2009年を最後に新しい作品は発表されておらず、近況もわかりません。その新作が聴けることを待ちたいと思います。

『義母と娘のブルース』

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 『義母と娘のブルース』が終わって、もうすぐ1週間。25日の夜には“ぎぼむすロス”を実感することになりそうですが、終わってしまったことが惜しいと思えるようなドラマを観られたのは喜ぶべきことでしょう。
 ドラマ自体は最後まで、心が温かくなるものを感じながら楽しめましたし、ラストに用意されていた新幹線のチケットに関するオチでもいろいろ想像して余韻を味わえたので、脚本の森下佳子さん、主演の綾瀬はるかさん、他のスタッフには、よいドラマを見せてくれたことに感謝したいと思います。

 気になったのは終わり間近の、みゆきのセリフ。

ポップス、ロック、クラシック、ジャズ、民謡、演歌、オペラ。地球は歌で溢れてる。もし、私の人生を歌にしたとすれば、それはきっとブルースだ

 という言葉がありましたが、これを聞いて「歌謡曲がない」と思ってしまいました。そして、それが今の時代に、歌謡曲が置かれた状況を示しているんだろうと。

 一般には「ポップス(=J-POP)」、または「演歌」の枠内に収まるものと考えられているか、一つのジャンルとしては考えられていないといったところでしょう。

 でも、「演歌」とも「J-POP」とも言いがたい歌は数多く、昭和の時代にはそうした名曲が多数あって、今もその流れの延長線上で作られている作品や、活動している歌手も少なくありません。

 平成の時代、「歌謡曲」は昭和を懐古したり再評価したりするためのツールとして取り上げられることが多かったように思いますが、次の時代にはまた新しい歌謡曲の時代が訪れてほしいものだと思います。

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 ちなみに“ぎぼむす”後最初の火曜10時には『演歌の乱~細川たかし初MC!東野&直美が感激!ミリオンヒットJポップで紅白歌合戦』が放映されるそう。藤 あや子、香西かおり、丘 みどり、城之内早苗、水谷千重子石原詢子市川由紀乃、杜 このみ、細川たかし、橋 幸夫、大江 裕、山川 豊、角川 博、徳永ゆうき、走 裕介という出演者の顔ぶれは、演歌歌手勢ぞろいのように思われるかも知れませんが、それぞれ演歌だけの人ではなく、他のジャンルも達者にこなせる実力派ばかり。安心して歌を楽しめる番組になると期待しています。

ミユダマ2018~夏の歌謡祭~

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 伊藤美裕さんが歌謡曲の夏フェスとして2013年に立ち上げたイベント『ミユダマ』の第6回が、東京・赤坂グラフィティで開かれました。

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 猛暑が戻り強い陽射しが照りつける赤坂の街。暑さにも負けず集まったファンは、60代が中心と思われる男女。昭和の歌謡曲で育った世代ですね。冒頭、「暑い中、今日は音楽で爽やかになっていただきたいと思います」と話した伊藤さん。ステージは大瀧詠一さんの「カナリア諸島にて」からスタートして、いきなり爽やか!と思ったら、続いて登場した川島ケイジさんは、かなり熱いパフォーマンス。長身181cmのイケメンには女性ファンが熱視線を送っていましたが、川島さんの2曲目「Stay Away」の曲調やギター・プレーにはラテンやアフロとファンクを融合させたカッコよさが感じられて、キザイア・ジョーンズを思い出しました。ギターの腕前もなかなかのようですが、歌声がまた心地よくて、これは女性のみならず引き込まれる魅力ありと実感。
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玉置浩二さんの「メロディー」、井上陽水さんと安全地帯の「夏の終わりのハーモニー」といったバラードも披露されましたが、こちらもとても気持ちよくて、ハードとソフトのバランスが絶妙でした。

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 川島さんに続いてステージに上がったのは、ブレッド&バター岩沢幸矢さん。カラフルなアロハを着た姿は、おしゃれなお爺ちゃんといった感じで、現在75歳だそうですから、実際におじいちゃんと呼ばれることがあってもおかしくない年齢ですが、その歌と、そこから漂わせる空気の爽やかなこと。1曲目の「夕焼けのない町」から、湘南の風をそのまま赤坂へ運んできたようでした。3曲目にはスティービー・ワンダーの代表曲「I Just Called To Say I Love You(心の愛)」を美裕さんと歌いましたが、この曲、元々はスティービーがブレバタのために書いたものだったそう。岩沢さんたちがかつてイギリスでレコーディングした際に初対面して意気投合し、親交を深めたことから、曲の提供を受け、詞を呉田軽穂松任谷由実)さんが書いて、細野晴臣さんがアレンジしたそうですが、発表前にスティービーから「やっぱり自分で歌う」と連絡が入り、発売されるとビルボード1位を記録する大ヒット。ブレバタ盤はその後に「特別な気持ちで」というタイトルでリリースされましたが、今日まで知る人ぞ知る存在だったようです。

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 それにしても心身ともに健康的な印象の岩沢さん。文化が人をつくるんだなぁ…と改めて感じました。

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 そして、岩沢さんに替わって登場した伊藤さんは山口百恵さんの「喪服さがし」から自分のコーナーをスタート。ここからティン・パン・アレーの「ソバカスのある少女」までの7曲は、まさに彼女がテーマにした「音楽で爽やか」にぴったりの選曲で、その歌謡曲マニアぶりとセンスの良さが窺えました。この人の声は強い個性や圧倒的な迫力を感じさせない分、どんな歌でも合いそうで、さらにさらにその声でその表現で歌謡曲の名作傑作を聴かせてほしいと思いました。

 伊藤さんとバンド・メンバーがステージを下りると同時にアンコールが起きて、それに応えて披露されたのは「蘇州夜曲」。夏の暑さを避けて引きこもっていた時に中国の歴史漫画50巻を読破したそうで、「蘇州夜曲」が選ばれたのは、中国つながりだそう。この辺の自由な感じ、伊藤美裕という人の大きな魅力だと思います。

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※左手の飲み物は、この日のスペシャル・ドリンク"平成最後の夏"

 最後は全員ではっぴいえんどの「風をあつめて」を歌って終了。もちろん冷房の効果もありますが、会場には爽やかな風を集めたかのような空気が広がって、外へ出ると再び大変な暑さに包まれたものですから、「ミユダマは都会の避暑地だったんだなぁ…」などとしみじみ感じながら、帰りの駅へと向かったのでした。

◆ 曲 目

伊藤美裕 

カナリア諸島にて

川島ケイジ

All are

Stay Away

メロディー

夜の向こう側

夏の終わりのハーモニー (with 伊藤美裕)

岩沢幸矢

夕焼けのない町

リトルジョー

I Just Called To Say I Love You (with 伊藤美裕)

I don't want talk about it

Pink Shadow

マリエ

伊藤美裕

喪服さがし

私自身

Midnight Love Call

中央フリーウェイ

ろっかまいべいびい

君をのせて

ソバカスのある少女

アンコール

伊藤美裕

蘇州夜曲

全員

風をあつめて