歌謡亭日乗

或る音楽ライターの仕事と日常

『演歌道五十年ファイナル 熱唱!! 渥美二郎コンサート』

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 2月5日、東京・浅草公会堂で渥美二郎さんが『演歌道五十年ファイナル 熱唱!! 渥美二郎コンサート』を開きました。これは、渥美さんが16歳の時に演歌師として歌い始めてから50年が経ったことを記念して行ってきた全国ツアーの掉尾を飾るもので、昼夜2公演に2,000人のファンが詰めかけました。

「男の航路」でステージの幕を開けた渥美さんは、来場者にお礼を述べたあと、「児童虐待死のニュースを聞いてたまらない気持ちになります」と心情を伝え「慟哭のブルース」へ。そこから「昭和ブルース」「山谷ブルース」、さらに「灯りが欲しい」「時代おくれの酒場」と男歌を続けます。初めに「慟哭のブルース」を持ってきたのには、幼い命が失われた悲しみに、何とかしなければいけないという渥美さんのメッセージが込められていたように思います。

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 代表曲には女歌が多い渥美さんですが、ご本人は実に男っぽい人で、序盤のこのコーナーではそんな人柄が歌で表現されていました。それが最も強く感じられたのは「傷だらけの人生」。そのセリフなどから主人公が任侠の世界に生きているらしいことが察せられる作品ですが、渥美さんはオリジナルの鶴田浩二さん同様に余計な力を入れることなく、淡々とした調子で歌って潔癖な印象を与えます。そして、だからこそなおさらに日陰者の寂しさが感じられて、胸に沁みるものがありました。今、この歌を最も魅力的に聴かせる歌い手は渥美さんではないかと思います。

 そのあと客席に降りた渥美さんは、ファンからのリクエストに応えて「お富さん」「別れの一本杉」「有楽町で逢いましょう」を披露。清々しい歌声が、いわゆる懐メロに見事にマッチして、それぞれの歌が流行った時代の空気が甦るような気になりました。

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 渥美さんがステージに戻ると、ゲストの来世楽(らせら)が登場。以前に共演した時に、彼女たちの実力と姿勢に応援したい気持ちになったということで招かれた二人は、2001年の結成から関西を中心に活動してきました。
渥美さんとの共演で「斎太郎節」「黒田節」「ソーラン節」、二人の歌と演奏でオリジナル曲の「陸奥」と喜納昌吉さんの「花~すべての人の心に花を~」が披露されましたが、迫力ある三味線の腕前、伸びやかでパワフルな京極あつこさんの歌声は、渥美さんのお墨付きも納得のレベル、ますますの活躍に期待したくなりました。

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 その後は司会の青空キュートさんの紹介トークを交えながら代表曲の数々が歌われてラストは最新シングル「涙色のタンゴ」(途中には渥美さんのピアノ演奏も)。客席にはこの曲を競作している叶やよいさんがいて、渥美さんは来場者に彼女を紹介。このあたりの気遣いには渥美さんの後輩に対する面倒見のよさが窺えました。
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 いったん幕が下りましたが、すぐさまアンコールがかかり、再び登場した渥美さんは「好きな歌を50年も歌ってこられたのが一番ありがたいことです。途中、胃がんになって、もう駄目かと思ったこともありましたが、あれから30年。ファンの皆さんのお蔭で生かしてもらえているんだと思います」と改めて感謝の言葉を述べ、闘病中のベッドで自ら作った「なみだの花」と、気に入っているというシンガー・ソングライター岩渕まことさんの「永遠鉄道」を披露。さらに客席にいた岩渕さんをステージに招き、二人で同曲を歌いました。応援したいと思ったら、本気でとことんやる、そんな渥美さんの姿勢が、この日も来世楽の二人や岩渕さんとの歌を通して見られました。

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 初めに渥美さんは男っぽい人だと言いましたが、こういう義理堅く人情に厚いところこそが、そう感じさせる理由であり、またそういう人だからこそ、阪神淡路大震災で被災した子供たちを支援するために一人で始めたチャリティー・コンサート『人仁の会』が、賛同者を増やしながら今年25回目を迎えるまで続けてこられたのだと思います。

 終盤に「奥の細道」を歌うに際し、病床にあって弟子に辞世の句を求められた松尾芭蕉が「平生すなわち辞世なり」と答えたという逸話を紹介し、「僕もそれが最後になっても悔いが残らないように、一つひとつの舞台を大事に歌っていきたい」と話した渥美さん。この日のコンサートは、まさにその意識に貫かれた、味わい深く潔い2時間でした。
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 田端義夫さんが晩年「歌にはけれんがあったらいかん」と盛んに言っていましたが、渥美さんは、間違いなく昭和の大スターの心を今に歌い継いでいる歌手の一人だと、この夜改めて実感したのでした。

◆ 曲目
男の航路
慟哭のブルース
昭和ブルース
山谷ブルース
灯りが欲しい
時代おくれの酒場
傷だらけの人生
お富さん
別れの一本杉
有楽町で逢いましょう
斎太郎節
黒田節
ソーラン節
情熱のルンバ
※ ピアノ演奏
ラ・クンバン・チェロ ~ ベサメ・ムーチョ
※ 来世楽
陸奥
花~すべての人の心に花を~
釜山港へ帰れ
霧の港町
哀愁
他人酒
忘れてほしい
夢追い酒
奥の細道
涙色のタンゴ
アンコール
なみだの花
永遠鉄道